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聖書の緑風『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』
神のことばである聖書に教えられたことや感じたことを綴っていきます。 聖書には緑陰を吹きぬける爽風のように、いのちと慰めと癒し、励ましと赦しと平安が満ち満ちているからです。
風の置いた籠 創世記を愛して 一章一節一思一考 その24お詫び・まただいぶ間が空いてしまいました。今度の理由がパソコンの故障です。前回もそうだったかもしれません。修理センターへ運んだり、引き取りに行ったりの作業が、一人ではできません。人のお世話にならねばなりません。そのために2倍の日数が要りました。ブランクの期間の間も驚くほど多くの方々がお訪ねしてくださったのを知りました。心からお礼申し上げます。さて、「創世記」もあと一回を残すだけになりました。早めにアップする予定です。感謝して。 創世記四七章二八節 ヤコブはエジプトで一七年生きながらえたので、ヤコブの一生の年は一四七年であった。 だんだんと真相を知るにつけヤコブは元気になり、私は死なないうちにヨセフに会いに行こうと、ヨセフの勧めどおり一族郎党の先頭に立ってエジプトへ下っていきます。総勢七十人の小さな民族移動ですが、ヤコブはヨセフから送られたエジプト風の立派な車に乗るのです。王侯貴族のようではなかったでしょうか。 エジプトへは父祖アブラハムも飢饉を逃れて行っています。その話は知っていたかもしれません。途中、父イサクが居住していたベエル・シェバに寄って礼拝をします。ヤコブは若かったころを偲んだことでしょう。 さて、エジプトでヤコブ一族はゴシェンに居住を許されます。へブル人街とでも呼ばれたのでしょうか。ふと、後代のゲットーのそもそものルーツはここにあるのではないかと思うのです。強制的居住区ではなかったにしても、パロが一方的に定めた居住区であったことは確かです。 しかし神様の特別な恩寵の中で、民族は存続し続け増え続けていきました。よい時ばかりではなかったでしょう。モーセが生まれたころは、ヘブル人の男の子は産まれるとすぐにナイル川に捨てなければならなかったのです。その患難困難を越えてなお民族は数を増やしていったのです。 現代の神の民、クリスチャンもこうした一大集合に増えているでしょうか。もちろん一か所に身をひそめる民でなく、世界中に散って花を咲かせ実を結ぶ民としてです。 創世記四八章一一節 イスラエルはヨセフに言った「わたしはあなたの顔が見られようとは思わなかったのに、今こうして、神はあなたの子どもをも私に見させてくださった」 いよいよ創世記も終わりに近づき、最後の楽章が高らかに奏され、フィナーレに向かっていきます。ヤコブが最愛の息子ヨセフに向かって語るこの言葉は、ヤコブの人生の凝縮版ではないでしょうか。思えば、創世記のもう一人の主人公はヤコブではないかと思うほどです、読者は彼の言動に、ある時は怒りを感じ、ある時は同情し、ある時は喝采し、共感し、自分の人生を重ね合わせるほど、親近感を感じます。もしかしたら神様は、私たちの見本としてヤコブを選んだのではないでしょうか。 そのヤコブがしみじみというのです。あなたの顔が見られるとは思わなかったと。これは偽らざる言葉でしょう。ヤコブはヨセフが荒野で獣に襲われて命を奪われ死んでしまったと信じ切っていたのです。ヨセフはヤコブの中では死んでいたのです。失われていたのです。心の墓の奥底に葬ったのです。死んでいたのに見つかり、とはイエス様の福音です。復活のみわざです。イエス様のたとえ話の放蕩息子の父が叫んだ歓喜に繋がります。ヨセフは放蕩息子ではありませんが、父親に多大な喪失の涙を流させました。あなたの顔が見られようとは思わなかったとは、死んでいた者が復活したのと同じです。この再会に勝る喜びがあるでしょうか。ヤコブは孫にまで会えたと、祝福のおまけにも喜びます。 神様の無限の恵みです。ヤコブの弱さも醜さも、神様の前では数えるに足りません。
Category : 風の置いた籠
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