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サムエル記を愛して その13  

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サムエル記第一・第一五章  出エジプト以来の宿敵アマレク討伐

 

 サウル王は数々の政策ミスにもかかわらず主のあわれみによって周辺の外敵を追いちらし、一国の王としての実力をつけていきます。その間、何年が経過したかわかりませんが、ある時、サムエルは改まってサウルに新しい預言を伝えます。サムエルは相変わらず神が信頼する預言者なのです。王様も従わねばなりません。主のおことばは以下の通りです。

 

『わたしはイスラエルがエジプトから上って来る途中、アマレクがイスラエルにしたことを罰する。今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ』2、3節。

 

 非常に厳しい命令です。【聖絶】という、現代でも物議を醸しだす戦いの命令です。神は出エジプト時代の数百年昔に、アマレクがイスラエルの民のカナン進行を妨害したことを覚えておられ、サウルにその決着を付けよと命じるのです。

 

 サウルは神の命に従って民の先頭に立ち、アマレクを聖絶します。ところがサウルは実際には【聖絶】の命に従わなかったのです。敵の王アガグは生け捕りにし、動物は価値のないものだけを殺し、値打ちのあるものは残します。サウルには【聖絶】の意味が分かっていないのでしょうか。

 

 これを見た神はサムエルに『わたしはサウルを王に任じたことを悔いる。彼はわたしに背を向け、わたしのことばを守らなかった』11節、と嘆き悔むのです。ところがサウルはサムエルに会うと意気揚々と『私は主のことばを守りました』と戦勝を報告し、自分のために勝利の記念碑を建て、分捕りものの最上のものは主にささげるためだと言います、21節。

 サムエルは言います。

『主は【主】の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。

見よ聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる』22節。サウルのしたこと

は信仰ではなかったのです。サウルが【聖絶】の意味を知らなかったはずはありません。ではどうしてこんな大罪をおかしたのでしょうか。

 

 それは明白です。サウルはサムエルに弁解します『私は罪を犯しました。私は、民を恐れて、彼らの声に従ったのです』24節。さらに『私は罪を犯しました。しかし、どうか今は、私の民の長老とイスラエルとの前で私の面目を立ててください』30節。 

 

 サウルは栄光のイスラエルの王にしてはあまりにお粗末です。神は悔やみ、サムエルは怒ります。どうしてこんなことになったのでしょう。なぜ最初からもっと適した人を選ばなかったのでしょう 聖書を外側から読むだけの放言、批判ですが、こんなことが言えると思います。

 

 聖絶にしたって、ささげものにしたって、当時だけでなく現代の信仰者でも突き詰めればサウルと同じことをしているのです。献金や奉仕を惜しみます。人の顔色を見て信仰態度を変えます。神よりも人の目や評価を優先するのです。突き詰めれば、自己のためです。自己中心なのです。サウル王は私であり、あなたなのです。尊敬できない愚王サウルを用いて神の発信するメッセージを聴き取りたいと思います。

2018.01.24 Wednesday 09:32 | - | - | 
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2019.01.09 Wednesday 09:32 | - | - |