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みんなのブログポータル JUGEM

聖書の緑風

『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』
神のことばである聖書に教えられたことや感じたことを綴っていきます。
聖書には緑陰を吹きぬける爽風のように、いのちと慰めと癒し、励ましと赦しと平安が満ち満ちているからです。
  • 2016.12.28 Wednesday - 14:55

利根川の風 その8 医院大繁盛の中で、洗礼を受け、婦人矯風会活動へ 

★医院大繁盛の中で、洗礼を受け、婦人矯風会活動へ 

 

 吟子は多忙ではあったが患者一人一人に十分な医術を施し、治療の成果を確認し、医師として充実した日々を送っていた。初めて心に憂いなく順調な人生の手ごたえを実感した。満足といっていい日々であった。患者の対応も板に着き、患者たちも、特に性病に付きまとわれている女性たちは、医者が同じ女性であることから気を楽にし、ぽろぽろと生活の様子を話すようになり、吟子は彼女たちの私生活や心の内を知るようになった。

 

 思えば吟子はわずか二十歳で独り身になって以来、一筋に勉学の道を走ってきたのだから、世間の実態は知る所ではなかった。医師になって初めて一般庶民の生活を知ったのだった。患者の中には夜の街の女性たちも囲われ女性もいた。そうした女性たちのあからさまな生活ぶりや切ない身の上話や心持ちを知るようになると、吟子の心には、一通りの同情では済まされない、受け入れがたい感情が生まれ、わだかまってくるのだった。

 

 もっと強い意志を持って生きてほしい、自分の態度を変えれば病気も治るのにと、歯がゆくてならないのだ。生き方一つで治る病もあるのだ。診察して施術して薬を出しても、本人の自覚が変わらないからまた病が高じてしまう。泣きついてくるとそれをまた診察するのだ。終わりなき治療の現状に吟子はむなしさを感じないわけにはいかなかった。

何のための医術か、自分は何をしているのか、こんなことのために人生を賭けてきたのでないと怒りを覚えることもあった。

――もっと役に立ちたい、役に立てたい、役に立つことをしたい――

 吟子は自分でもわからない渇望にもだえることもあった。

 

 不完全燃焼の自分をもてあまし、満たされない思いを抱きながら、吟子はキリスト教の教会をたずねた。以前、古市静子に誘われて初めて接したキリスト教は、あの時以来吟子の心の底から消えることはなかった。幸いにも、新富座での説教者海老名弾正が近くの本郷教会の牧師をしていた。吟子は日曜日になると教会へ通うようになった。まもなく洗礼を受けた。明治一九年、吟子三四歳、開業して一年ほどのことであった。

 

 日曜日の礼拝が待ち遠しくなった。渇きをいやす氷水のようであった。説教と聖書のことばは診療で疲れ切った心身の隅々にまで流れ込むいのちの水であった。吟子は夜、仕事が終わると自室にこもって聖書を書き写した。一字一句、かみ砕くように読んでは書いた。

 

 吟子の通った弓町本郷教会は今も活発に活動を続けている。建物は火災や関東大震災に遭って建て替えられ、場所も変わったが、訪ねてみた。都バスで、先の荻野医院跡の本郷三丁目の一つ先『真砂坂上』で下車してすぐであった。吟子が歩いて通ったことがうなずける。平日であったためか、正面入り口は厚い鉄の扉でしっかり施錠されてびくともしなかった。あの時代から130年も経っているのに、教会は健在、今も毎週日曜日には信徒が集まり、讃美歌と聖書を中心とした礼拝が捧げられていることに深く感動し、感謝した。日本でたった一人の女医として日本中から称賛され注目の的になったばかりの吟子が、それに溺れず奢らず、神のみ前に額ずく姿を思い浮かべて、心に染み入る涼風を感じた。

 

 吟子は当時の思想書を手当たり次第に読んだ。吟子は世の中に矛盾を感じていた。特に女性の生き方に失望を感じた。それは社会の在り方への批判に繋がった。つまり、女性の意識改革とそのための教育の必要を強く感じ始めていた。特に諸悪の根源は公娼制度にあると痛感した。こうした前近代的なことがまかり通っている社会が、政治が許せなかった。医術だけを見ていた吟子の目は社会へ向けられて行った。

 

 折しも、矢島楫子を中心にした『東京婦人矯風会』の活動が始まった。禁酒、禁煙、廃娼などの社会悪への運動である。それは吟子の琴線に触れて、新しい音色を奏でた。吟子は運動の中に飛び込んで行った。矯風会の中心女性たちは学識もキャリヤも最先端を行く才女たちであったが、吟子は女医第一号という立場から廃娼制度を強く訴えた。医師として性病に取り組む現場からの声は説得力があった。吟子は早速風俗部長になった。 

 

 一介の女医としての働きに限界を感じていた吟子の熱く広くたくましい精神は、キリスト者の信仰と矯風会の社会活動による女性救済活動で、深められ高められていった。

Category : 利根川の風

  • 2017.08.01 Tuesday -

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