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サムエル記を愛して その29

サムエル記第二・第一章 サウル王とヨナタンの戦死を悼むダビデ

 

 サムエル記第一の最後の章に見るように、イスラエルはペリシテに破れ、サウル王もヨナタンも戦死します。ダビデはこの戦いには加わることができない状態にあり、ツィケラグに留まっていました。そこへ戦場から逃れてきて一人のアマレク人が、サウルのとどめを刺したのは自分であり、証拠としてサウルの王冠と腕輪を見せます。ダビデに褒められ、褒美をもらえると確信していたのでしょう。

 

 ところが、ダビデはいきなり衣を裂き深い悲しみを表わしました。家来たちもいっせいに倣いました。そして『サウルのため、その子ヨナタンのため、また、主の民のため、イスラエルの家のためにいたみ悲しんで泣き、夕方まで断食した』12節、のです。

 

 ダビデはサウルから逃れて荒野を逃亡している時も、なんどかサウルを撃ち取れるチャンスがあったのですが、そのたびに『主に油注がれた方に手を下して、だれが無罪でおられよう。主は必ず彼を打たれる。その生涯の終わりに死ぬか、戦いに下ったときに滅ぼされるかだ』と公言して神の時を待っていました。いま、サウルはついに、『戦いに下って滅ぼされ』たのです。しかしダビデは喜びを表に出すようなことはしませんでした。   

 

 あの災厄の月日を思えば、断食までして悲しむのは本心だろうかと勘繰りたくなりますが、ポーズにしろ、ダビデの態度は民の心を捕え、無駄な混乱を避けるのに有効であったと思われます。深謀遠慮、さすが大物と言えます。ヨナタンのためには、読者もウソ偽りなく、本心から泣き悲しみます。

 

 

サムエル記第二・第二章 ユダとイスラエルの戦い  

 

 一章後半のダビデの哀悼の歌は胸に迫ってきます。サウルとヨナタンを『勇士たち』と呼んで偉業をたたえ偲んでいるダビデを知るのは、ダビデ理解にさらに大きな一役になります。ダビデは戦士であり、政治家であり、同時に感性豊かな詩人であり、なによりも神を愛する信仰者なのだと思います。

 

 サウル王が戦死し、王子ヨナタンも亡くなったので、ダビデはすぐにでも新しい王に就任できると考えてしまいますが、実際問題はそんなに簡単ではないようです。ダビデは神に油注がれた人でしたが、現実の立場は王から追われていた逃亡者であり、最後の戦いには加わっていなかったのです。ダビデは主の言われる通り、まず、ヘブロンに入ります。

 

 やっと自国に入ったのです。そこへ同じユダ部族が集まってきてダビデに油を注ぎ、ユダ部族の王にします。全イスラエルの王ではなく、単に出身部族の王です。ところが、サウルの将軍アブネルはサウルの息子イシュ・ボシェテをユダ族以外の全イスラエル部族の王とします。イスラエルには二人の王がいて、国が二つに分かれたことになります。

 

 ダビデ側の将軍はヨアブ、イシュ・ボシェテ側の将軍はアブネルです。二人の将軍の背後には軍隊があるのです。お互いに敵同士の意識があります。

 

 ある時、ギブオンの池の両側で二つの軍隊は小競り合いを起こし、アブネルはヨアブの弟アサエルを殺してしまいます。しかし大きな戦いには発展しませんでした。しかしヨアブは弟を殺したアブネルに復讐心を抱いたことは確かです。

 

2019.01.28 Monday 21:34 | - | - | 

サムエル記を愛して その28

 

 

2019年新年おめでとうございます。

いつも小さなブログ「聖書の緑風」をご愛読くださり感謝申し上げます。

できるだけスピーディーにアップしたいと存じます。

どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

イエス・キリストの恵みが豊かにありますように

お祈り申し上げます。

 

サムエル記第一・第三一章(終章)ペリシテとの戦い サウルもヨナタンも戦死

 

 いよいよ最終章に入ります。ざっと振り返ってみますと、サムエル記第一は、サムエルの誕生にまつわる麗しいエピソードで幕を開けました。サムエルは、イスラエル民族最後の士師として、神のことばを預かる預言者、王政の前の最高位の政治的指導者でした。

 

 ハンナの祈りや少年サムエルの祈りに続いて、少年ダビデとペリシテの巨人ゴリヤテの一騎打ちがあり、国中の人々の血を沸かす戦士ダビデの活躍がありました。

 

 しかし、初代の王サウルの不信仰と愚行によって、国の空は暗雲に覆われ、英雄ダビデは命を狙われて逃亡の月日を送らねばなりませんでした。この書の後ろ三分の一はダビデの逃避行記です。たった一人の人の、たった一人の人への嫉妬とねたみによる精神の狂乱が聖書の世界を圧しています。一見、無意味に思えますが、神には深いお考えがあってのことだと思います。それは、今、聖書を開く私たちに大事なメッセージを発信しているのでしょう。聴き取り読み取る信仰と知恵が必要だと思います。

 

 さて、最終章です。ダビデがペリシテの僻地ツィケラグに留まっている間に、ついに戦闘の火ぶたは切って落とされました。

 戦況は残念ながらペリシテが優勢です。イスラエルは敗走し、ギルボア山で次々に戦死します。まず、サウルの息子たちのヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアが打たれます。さらにサウルは一斉攻撃を受け重傷の中で自ら命を絶ちます。これはサムエルの予言通りです。サウル家の勇士は全員死に果てるのです。

 

 ダビデはこの戦争には加わっていません。この章にはダビデの姿は片鱗も現れません。サウルの死についてはダビデは指一本係わっていないと強調しているようです。事実、これは後々ダビデが次期の王に就くためには極めて重大なことなのです。ダビデはサウルの死に関しては潔白であることがすべての人にあきらかにされねばなりません。神はそのように導かれたのです。荒野の流浪の中で、ダビデは洞穴に潜みつつも一貫して主張してきたとは『主に油そそがれた方に手を下すことなど、主の前に絶対できないことだ』24章6節、また『主に油そそがれた方に手を下して、だれが無罪でおられよう。主は必ず彼を打たれる。その生涯の終わりに死ぬか、戦いに下って行ったときに滅ぼされるかだ』26章9、10節、です。この忍耐はだれも真似が出来ないでしょう。

 

 サムエル記にはダビデの弱さや足りなさから生ずるミスや狡猾さがいくつか見られますが、全体として光るのは主への畏怖と信頼です。主への徹底した従順です。人の心を見る神は、ダビデの砕かれた悔いた心を喜ばれたのだと思います。

 

 イスラエルの指導者を打ち取ったペリシテは、その遺体から武具をはぎ取ってアシュタロテに奉納し、遺体はベテ・シャンの城壁に曝します。イスラエル側のヤベシュ・ギレアデの人たちはかつてサウルにアモン人から救われたことを覚えていて、夜通しあるいて遺体を降ろして、町の柳の木の下に葬ります。

 一大悲劇はひとまず幕となります。それにしてもヨナタンの死には涙がこぼれます。 

                                        (つづきます)

 

 

2019.01.09 Wednesday 08:47 | - | - | 

サムエル記を愛して その26

サムエル記第一・第二八章 ペリシテ人に恐れおののくサウル

 

 ペリシテ人がまたもやイスラエルと戦う準備を始めました。アキシュはダビデを護衛に任ずると言います。ダビデは承知するのです。ほんとうにダビデはイスラエルに背くつもりなのでしょうか。

 サウルはペリシテに対抗するためにギルボアに陣を敷きます。

 ところがです、サウルはペリシテ人の陣営を見るとひどく恐れわななくのです、5節。

 サウルは主に伺いますが主は夢にも、ウリムにも、預言者にも答えません。無言です。

主の沈黙ほど恐ろしいものはありません。サウルは半狂乱の有様です。

 ついにイスラエルでは厳禁、見つかれば死罪にあたる霊媒の女を訪ね、占いを頼みます。

 こんな記事が聖書にあるのさえ当惑します。

 霊媒によってサムエルが死の世界から出てきてサウルと話をするにいたっては首をかしげるばかりです。

 しかしサムエルのいうことは、生前よりずっとストレートです。

『あす、あなたも、あなたの息子たちも私といっしょになろう。そして主は、イスラエルの陣営をペリシテ人の手に渡される』19節。自分と息子たちの死を、明日と言われて、サウルはショックのあまり倒れてしまいます、32節。

 サウルは霊媒女と家来に介抱されてようやく立ち上がるのでした。彼の最期がすぐ先に迫っているのが分かります。主に見放されるとはなんと悲惨なことでしょう。サウルがひとこと神の前に真心から謝罪したなら、赦されたでしょう。残念です。

 

2018.12.10 Monday 08:09 | - | - | 

サムエル記を愛して その25

サムエル記第一・二七章 逃亡するダビデ、ペリシテ人の地へ

 

 いったいこの追いかけっこはいつまで続くのでしょう。しかしサウルは継続する状況の中でますます自分の地位の危うさを感じていくのです。神がダビデを選んでいること、近いうちに自分に代わって王座に就くことを予感しているのです。

 

 ダビデもまた自分の日が来ることを確信していたでしょう。神が成就してくださると信じ切っていたと思います。とはいえ、それがいつなのか、どんな成り行きになるのか、プロセスが分らないのです。ダビデは『いつか、いまに、サウルに滅ぼされるだろう』1節、イスラエル国内にはもう身を隠すところはないと考え、『ペリシテの地に逃れるほかはない』とまで思い詰めます。自分は神によって絶対に守られ、やがてイスラエルの王になるとわかっているのに、滅ぼされてしまうと恐れるのです。この心境は理解できません。ダビデは精神的に不安定になったのでしょうか。しかし情けないではありませんか。

 

 ダビデは六百人の部下と家族を連れて、ガテの王アキシュのもとに身を寄せ、都ガテから遠いツィケラグに落ち着きます。そこに『一年四か月』もいました、7節。

この間にダビデはイスラエルの外敵を次々に襲撃し、それらの町々を跡形もなく、つまり証拠を残さないように徹底的に滅ぼしつくします。アキシュには自国イスラエルを責めてきたと嘘を言うのです。嘘をつくのです。アキシュはそれを真に受けて、『ダビデは進んで自分の同胞イスラエル人に忌みきらわれるようなことをしている。彼はいつまでも自分のしもべになっていよう』12節、と考えます。

2018.11.15 Thursday 17:40 | - | - | 

サムエル記を愛して その24

サムエル記第一・第二六章 逃亡するダビデ、ジブの荒野のハキラの丘で

 

 アビガイルがダビデ一行に加わったからと言ってダビデの置かれている危険が去ったわけではありません。

相変わらず荒野の逃避行が続いています。

 

 ジブ人たちがサウル王に密告します、ダビデはジブの荒野のハキラの丘に隠れていると。

 サウルはすぐに例のごとく精鋭三千人を引き連れて追いかけます。前回のエン・ゲディの荒野とよく似た状況です。サウルが来たことを知ったダビデは、部下のアビシャイとたった二人で夜陰に乗じてサウルの陣営の、しかもサウルの寝所へ忍び込んでいくのです。ダビデは何を考えているのでしょう。サウルの手から逃れようと逃げ隠れしているさなかではありませんか。それこそ、飛んで火にいる夏の虫ではないでしょうか。

 

 ダビデはサウルが寝入っているそばまで行き、枕元の槍と水差しを奪ってきます、12節。アビシャイは主が敵をあなたの手に渡されたのですから、槍で一突きして殺させてくださいと言います。ところが土壇場でダビデは『主に油そそがれた方に手を下すなど、絶対にできない』11節、といって去っていきます。

 

 安全なところまで来たとき、ダビデはサウルの腹心ネルの子アブネルに、サウル王の槍と水差しを取ってきたことを明かし、家来としての怠慢をなじります。

 気が付いたサウルが『わが子ダビデよ』17節、と呼びかけます。ダビデは前回とほとんど同じように自分には王への悪意はないと弁明します。サウルはまたもダビデの正しさを言明し、自分の家に帰っていきます。それだけです、何の解決もありません。 

 

 

2018.10.20 Saturday 09:08 | - | - | 

サムエル記を愛して その23

サムエル記第一・第二五章 逃亡するダビデ、カルメルでのアビガイルとの出会い

 

『サムエルが死んだとき』で始まるこの章はイスラエルの悲しみの極みを示しながらも、新しい風が吹き込んでいるのを感じさせます。逃避行を続けるダビデへの神の慰めの風です。サムエルの葬儀にはダビデも列席しました。『イスラエル人はみな集まって』1節、とありますからサウルも出かけたでしょう。しかし、和解はなかったようです。

 

 ダビデはさらに南のパランの荒野に身を隠します。この章はサウルとの行き詰るような対決はありません。それどころかサムエル記で最大の見せ場ともいえる出来事が展開します。一人の女性の活躍物語です。

 

『パオンにひとりの人がいた。彼はカルメルで事業をしており非常に裕福であった。そのころ彼は羊の毛の刈り取りの祝いをしていた。名はナバルといい、彼の妻の名はアビガイルといった。この女は聡明で美人であったが、夫は頑迷で行状が悪かった』2、3節。

 

 ここにサムエル記の特徴ある記述スタイルがまた姿を現します。『むかし、むかしあるところに――』式です。興味津々です。ナバルとアビガイル夫婦、ダビデがどんな事件に絡まっていくのでしょう。

 

 ナバルが羊の毛の刈り取りの祝いを開きます。この人は羊三千頭を持っていましたから、収穫量は莫大です。収穫感謝の宴も豪華であったでしょう。近隣の富豪や名士を招待して自分の富を誇り賞賛と権力を得るためでしょう。それを聞きつけたダビデは若者十人を遣わして、祝いを述べ、さらに祝宴の分け前に与りたいと申し出ます。これは当時の習慣だったのでしょう。ダビデが賤しい無心をしたわけではないのです。その際ダビデは、常日頃自分たちはナバルの羊飼いたちと同じ地域にいて、事あるごとに羊飼いたちを守り助け、親切にした。だから『手もとにある物を与えてください』8節、と言わせます。

 

 ふつうならすんなりと進むことなのです。ところが相手が悪すぎた、ナバルは『頑迷で行状が悪かった』のです。ナバルは口汚くダビデの若者たちを罵り、野良犬のように追っぱらってしまいます。

 

 さあ、それを聞いたダビデの血が沸騰してしまいました。キレてしまったのです。ダビデはすぐに『めいめい自分の剣を身につけよ』13節、と命じ、自分も先頭に立ってナバルのもとに襲撃を掛けようとします。報復です。

 ナバルの方では、若者の一人が事の次第を妻のアビガイルに伝えます。主人はせっかくダビデが祝辞を言付けてきたのに彼らをののしって帰した。このままでは済まない、彼らは報復する、災いが降りかかってくることははっきりしています。『あなたはどうすればよいかわきまえてください』17節。若者はナバルを信用せず、アビガイルに訴えたのです。

 

『聡明で美人』のアビガイルはとっさにすべてを悟り、何をしたらいいのか判断します。

『そこでアビガイルは急いそいでパン二百個、ぶどう酒の皮袋二つ、料理した羊五頭、炒り麦五セア、干しぶどう百ふさ、干しいちじく二百個を取って、ろばに載せ』18節、若者の後をついて自ら出かけます。

 

 途中で、手に手に剣を振りかざしたダビデ一行と出会います。アビガイルはダビデの前にひれ伏して夫の非礼をわび、命がけの嘆願をします。『どうか、あのよこしまな者、ナバルのことなど気にかけないでください。あの人はその名のとおりの愚か者です』25節、さらにアビガイルは『主がご主人さまをしあわせにされたなら、このはしためを思い出してください』31節とまでいいます。アビガイルの訴えは24節から31節まで延々と続きます。ここには愚かな夫を承知で仕える妻の悲しさがにじみ出ています。また『私を思い出してください』と、女性ならではの情に訴える説得があり、アビガイルの聡明さが全開しているのを感じます。

 

 ダビデは『もしあなたが急いそいで私に会いに来なかったなら、確かに、明け方までにナバルには小わっぱひとりも残らなかったであろう』34節、と言い残し、多量の贈り物を受け取って殺意に弾む息を鎮めて自分を制し、引き上げていきます。

 

 アビガイルはおそらく聖書中では最高に成熟した大人の女性ではないでしょうか。正確に状況を見る目、的確な判断力、すばやい行動力、人の情に触れて動かす説得力などすべてを身に着けた熟女です。『聡明で美人』とは言い得た評価ではないでしょうか。

 

 この件は夫ナバルに内緒でした。アビガイルは夫の性質を知り抜いていたのです。一見夫を欺いたように見えます。翌日、祝宴の酔いがさめたところで一部始終を話したところ、ナバルは驚きのあまりひとことも言わないうちに意識不明になり、十日後に死んでしまいます。神のさばきといって差し支えないでしょう。

 

 しばらくしてダビデはアビガイルに結婚を申し込み、アビガイルも一切のしがらみから解放されてダビデの妻になります。ダビデが試練の荒野で見つけた香り高い花です。

2018.09.24 Monday 14:58 | - | - | 

サムエル記を愛して その22

サムエル記第一・第二四章 逃亡するダビデ、エン・ゲディの荒野で

 

 前章の最後で、サウルはダビデ討伐のさ中に、侵入してきたペリシテ人と戦うためにそちらに向かいますが、一段落したのでしょうか、すぐにまたエン・ゲディの荒野にいるダビデを追かけます。今度はイスラエルから精鋭三千人を率いています。強い殺意に満ちているのです。

 

 ところが、とあることが起こります。ダビデたちが洞穴に隠れ潜んでいた、その同じ洞穴にサウルが用を足しに入ってきます。これはサウルを打つ絶好のチャンスです。ダビデの部下たちは、神の時だと色めきます。ダビデはおもわずサウルの上着の裾を切り取るのです。いのちではなく衣服の一部ですが、チャンスは十分あったのです。しかしダビデはあとでそれすらも主の前に悔い『油そそがれた方に手を下すなど、絶対にできない』6節と言って部下たちを制します。ダビデはただ神だけを見上げているのです。

 

 サウルが出ていくとダビデは呼びかけます。これは勇気のいることです。サウルの一声でイスラエルの精鋭三千人が襲い掛かってくるかもしれないのです。弱者も交えた六百人のダビデ部隊はかないっこありません。

 

 ダビデは初めてサウルに訴えます。涙ながらにでしょうか、身を低くして、『あなたはだれの後を追いかけておられるのですか、一匹の蚤を追っておられるにすぎません』14節。自分に殺意のないことを、サウルの衣の裾をみせながら弁明します。さすがのサウルもダビデの誠意を認め引き上げて行きます。ここでもまた神はダビデを守ります。

2018.08.26 Sunday 21:13 | - | - | 

サムエル記を愛して その21

サムエル記第一・第二三章 逃亡するダビデ、ジブの荒野を転々と

 

 ダビデのもとにペリシテ人が近くのケイラの町を責めているとの知らせが届きます。

 戦士ダビデはじっとしてはいられません。

 主に訊くと「ケイラを救え」と言われます、2節。

 ダビデは逃げ隠れする身でありながら勇敢に戦い、ペリシテに大損害を与えてケイラを救います。しかしこれは危ない橋なのです。ケイラの人々にとってはありがた迷惑だったかもしれません。サウルが黙っているわけがありません。攻めてくることは自明のことです。サウルの手にかかれば先のノブの町のような目に遭うかもしれないのです。

 

 ダビデが主に伺うと「サウルはケイラに攻めてくる」、

「ケイラの住民はダビデをサウルに引き渡す」と言われます。主のお答えは無情です。ダビデは立つ瀬がありません、絶体絶命ともいえます。

『そこでダビデとその部下六百人はすぐにケイラから出て行き、そこここと、さまよった』13節。

 幸いダビデがいないのでサウルはケイラ討伐を中止しました。

 サウルはダビデだけが目当てです。その執拗さは異常です。

 

 およそ一〇から二〇キロ圏内の荒野を逃げあるいは追いかけて、まるで鬼ごっこのようです。

 大の大人、しかも一国の王とその武将が命を懸けてすることでしょうか。

 マオンの荒野では山の両側を両軍が追いつ追われつになります。ダビデは不利です。

 

 そのときでした『ペリシテがこの国に突入して来ました』27節。サウルはあわてて引き返します。

ダビデは危機一髪のところで難を逃れます。

2018.08.04 Saturday 07:08 | - | - | 

sサムエル記を愛して その20

サムエル記第一・第二二章 逃亡するダビデ、アドラムの洞穴

 

 アヒメレクのところでドエグを見たダビデはサウルを恐れてペリシテのガテの王アキシュの所に行きますが、ダビデだと見破られると狂人を装って逃げ、再びイスラエル領内の荒野にあるアドラムの洞穴に隠れます。狂人のふりまでして逃げるダビデには戸惑いを感じますが、こんなところでむざむざ死ねるものかと思うダビデの心中も察しが出来ます。単に命が惜しいのではなく、主に油注がれた者としての強い使命感、責任感、誇りがそうさせているのだと、よい方に解釈してしまいます。

 

 洞穴にいるダビデのもとには一族をはじめ、弱者や不満分子が続々と集まってきて、四百人もの一大集団に膨れ上がっていきます。ダビデは両親だけはモアブの王に託します。

 

 一方サウルはギブアでダビデの居所を知ります。サウルは家来たちに向かってくどくどしく自己アピールをし、ダビデの価値を下げようとします。その愚痴をノブの祭司アヒメレクの所に居合わせたドエグが聞き、アヒメレクがダビデを助けたことを告げます。

 

 さあ、サウルの怒りはアヒメレクに集中しました。

早速、アヒメレク一族はサウルの前に呼び出され、詰問された上、皆殺しにされようとします。しかしサウルの家来たちもさすがに神の祭司たちに手出しをしません。

 

 ところが狂ったサウルはエドム人ドエグに命じ、エポデを付けていた八五人の祭司たちを虐殺するのです。さらに、祭司の町ノブを襲撃し、家畜に至るまで殺戮します。これは神への大いなる反逆です。サウルは一片の信仰心も失くしてしまったのです。

 

2018.07.15 Sunday 14:11 | - | - | 

サムエル記を愛して その19

サムエル記第一・第二一章 逃亡するダビデ、ノブの祭司アヒメレクの所へ

 

 ダビデは二度とサウルの前には出られません。見つかれば命を奪われることは必定です。本格的な逃避行が始まりました。ここから終章まで、サムエル記第一の三一章のうち、実に一〇章が逃亡物語で埋められているのです。これがダビデの生涯の事実とはいえ、神がダビデにこうした苦難を通らせ、また詳細に記載する意図はどこにあるのでしょうか。

 

 理不尽なことが降りかかってきた時、立ち向かっていかないでひたすら逃げるのがよいと教えておられるのでしょうか。《三六計逃げるにしかず》を推奨しておられるのでしょうか 悪に勇敢に立ち向かって行くべきではないのでしょうか。負け犬のように逃げるだけでいいのでしょうか。ダビデは逃げ通しました。サウルに逆襲できるチャンスさえ、みすみす放棄するのです。机上で物語と追う者としては歯がゆくてなりません。

 

 さて、ダビデはおそらくごく少人数で安全なところを祈りつつ探して進んで行ったと思われます。まず、エルサレムに近いノブの祭司アヒメレクのところに行きます。ダビデは逃亡しているとはいえかなり冷静です。祭司アヒメレクはあのダビデがなぜこんなところにと、不審を抱きつつも要求に応じて多少のパンと武器を差し出します。

 ころがそこにサウルの配下のドエグが密かに成り行きを観察していたのです。のちにここから大惨事が起こってしまいます。ダビデはドエグを気にしつつも、なすすべがありません。

2018.06.21 Thursday 14:33 | - | - | 
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