賛美を愛して 『心くじけて』

  • 2011.07.31 Sunday
  • 21:52

2011年も後半の1か月がすぎ、明日から8月に入ります。炎暑が続いたと思ったら大きな台風の影響で驚異的な大雨となり、福島、新潟に大きな被害が出ています。3・11の東北がまたも標的です。なんとむごいことでしょう。映し出される映像の中で、大の男が万事休すとばかり、涙ぐんでおられ、思わずこちらも大きなため息がでました。復旧を祈ります。

 

心がしなえ、暗い思いから抜け出せない時があります。そんな人生の危機を何度も何度も経験してきました。その苦境をだれに話したらいいのでしょう。たとえ心底から理解し同じ心になってくれる友がいても、人は有限であり、限界があります。真の助けと真の安らぎを期待することはできません。そのようなとき、聖書のみことばと賛美からどんなに慰められたことでしょう。イエス様は言われます。

『そんなすずめの一羽でも、神の御前には忘れられてはいません』
ルカ12章5節

 

『心くじけて』作詞・Civilla DMartin 曲・Charles HGabriel

(教文館 新聖歌285番)

心くじけて 思い悩み

などて寂しく 空を仰ぐ

主イエスこそ わがまことの友

(折り返し)

一羽のすずめに 目を注ぎ給う

主はわれさえも 支え給うなり

声高らかに われは歌わん

一羽のすずめさえ 主は守り給う

心静めて 御声聞けば

恐れは去りて 委ぬるを得ん

ただ知らまほし 行く手の道

 

賛美を愛して『移りゆく時の間も DAY BY DAY』

  • 2011.07.24 Sunday
  • 16:22


日光キスゲ 



この賛美は『
DAY BY DAY
』の原題そのままで、日本でも有名です。歌詞もメロディーもしみじみと胸に染み入ります。夕暮れのころ、一人で歌うと、情感がこみあげてきて、涙さえ浮かびます。それは悲しみの涙でも、苦しみの涙でもなく、そばにいます主からくる平安と喜びが生み出すものです

 

移りゆく時の間も DAY BY DAY

作詞・LINA SBERG 作曲・OSCAR AHNFELT(教文館 新聖歌339番)

移りゆく時の間も 悩みに勝つ力

父より受けしわれは 心に恐れなし

愛に満てる御神は 恵みを日々与え

悩み苦しむ時も 憩いと安き賜う

日々 主はそばにいまし わが身を憐れみて

全ての重荷を負い 慰め助け給う

力は日ごとに汝が求めに従いて

増し加わらんと主は われに近い給う

悩み激しき時も 主の約束頼み

安けく過ぎゆくため 主よ 御言葉 賜え

疲れし時に助け 御手にすがるわれを

常に導き給え 御国に入る日まで

 

 

賛美を愛して『御翼のもとに』

  • 2011.07.17 Sunday
  • 16:45



雑木林




まだ7月も中旬だというのに、なんという炎暑の日々でしょうか。3・11で喘いでいるさなかですから、せめて凌ぎやすい夏であってほしいと願うことですが、そうもいかないようです。日本列島はなお自然の猛攻撃を受けています。日本の国をあわれんでくださいと祈らずにはいられません。

 

人の力の及ばない不可能や大患難に遭遇するとき、神を知る者たちは、反射的に頭を垂れ、手を組んで祈ります。祈りの中には静けさがあり、力があり、また愛があります。

 

全知全能の神様は、詩篇では、わが城、わが岩、わが盾、わが救いの角、いと近き助けなどと呼ばれます。この賛美は神様を翼に例えています。詩篇178節には『私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください』とあります。親鳥は翼の下に大事な雛たちを抱いて養います。神様もそのように愛し守ってくださるお方です。

 

『御翼のもとに』作詞・WILLAM OCushing 曲・Ira DSankey

(教文館 新聖歌256番)

1

御つばさわれを覆えば 風猛る闇夜も

イエスに頼り安きあり われは神の子なれば

(折り返し)

我が主の愛より 離すものなし

御翼に守られ  永遠に安けし

御翼われにとりては 悩む時の隠れ家

癒す者のなき時も そこにわれは安ろう

命の絶ゆる時まで 御翼に陰に寄らん

イエスにありてわれ安し 損なうものなければ

 

 

賛美を愛して シャロンの花であるイエス・キリスト

  • 2011.07.10 Sunday
  • 08:47

ゼラニウム


 

早くも梅雨が明けて、今年もまた厳しい夏になるのでしょうか。

切ない電力事情がありますから、いっそう心して節電しながらも、神様からいただいた神の宮であるお互いのからだに気をつけて、いつも主の霊が心地よくお住まいできるように気遣いをしてきいたものです。からだとは、肉体と心とたましいの器です。心身ともに暴飲暴食を慎み、なによりもわが心に咲くイエス・キリストを崇め喜びたいと祈り願います。

 

 

『シャロンの花』作詞・IDA.A.Guirey 作曲・Charles HGabriel

(教文館 新聖歌286番)

シャロンの花 イエス君よ

わが内に開き給え

良き香り麗しさを

われに分かち与えつつ

 

(折り返し)

シャロンの花イエスよ

わが心に 咲き給え

シャロンの花 イエス君よ

汝が香り放ち給え

わが言葉 行いみな

汝(なれ)のごとくになるまで

シャロンの 花イエスよ

病むこの身癒し給え

罪を消す恵みの露

われをきよめ潤して

シャロンの 花イエスよ

地の上を覆い給え

地の人のみなひれ伏し

汝(なれ)を「主」と呼ぶまでに

 

 

賛美を愛して 水野源三さんの歌

  • 2011.07.03 Sunday
  • 14:39

小山1

 

今年2011年も7月を迎え、後半に入りました。

私たちの愛する祖国日本は、311という背負いきれない重荷を負わされましたが、なんとしても、どんな人も、どんな状況にあっても、生きててよかったといえる日々を目指して進んでいきたいと祈り願います。

前回に続いて、苦難の詩人水野源三さんの作詞による賛美歌を紹介します。

 

『朝 静かに』作詞・水野源三 作曲・武 義和(教文館 新聖歌334番)

朝 静かに

この一日の恵みを祈りおれば

わが心にあふれくる

主イエスにあるやすらぎ

朝 静かに

霊の糧なる御恵みを学びおれば

わが心にあふれくる

主イエスにある望み

朝 静かに

新しい日を賜う神たたえおれば

わが心にあふれくる

主イエスにある喜び

 

≪わが心にあふれくる》と3回繰りかえされていますが、このフレーズに引きつけられます。

主イエスにある、安らぎと、望みと、喜びが、いつも心にあふれていたら、生きててよかった、今あるのは、神の愛によって生かされているのだ、大胆に歌うことが出来ると思います。

源三さんにこの詩を与えられたイエス様の計り知れない恵みを慕い、感謝します。

 

賛美を愛して 水野源三さんの詩

  • 2011.06.26 Sunday
  • 20:27

あじさい

 
日本中の、そして世界中の教会で、今日もたくさんの賛美がささげられ、救い主イエス・キリストの栄光が誉めたたえられたことでしょう。

賛美歌と言えば、欧米から伝えられたものが多いことは確かですが、日本人の詩人と作曲家によるものもたくさんあります。その一つをご紹介します。

 

『もしも私が苦しまなかったら』作詞・水野源三 作曲・高野忠博

もしも私が 

苦しまなかったら

神様の愛を 知らなかった

多くの人が 

苦しまなかったら

神様の愛は 伝えられなかった

もしも 主イエスが

苦しまなかったら

神様の愛は 現われなかった

 

作詞者の水野源三さん(1937年―1984年)は《瞬きの詩人》と言われました。9歳、小学4年生の時赤痢にかかり、高熱が原因で小児麻痺になり、目と耳以外のすべての機能を失いました。意思表示の手段は瞬きをすることだけでした。母のうめじさんは50音図から源三さんの瞬きが示す文字を拾って詩を文字化しました。こうして4つの詩集ができました。

(次回に繋げます)

 

賛美を愛して 梅雨の日々に

  • 2011.06.20 Monday
  • 21:42



今年は異例の早さで梅雨に突入しましたが、梅雨明けはどうなのか気になります。早く開けて、昨年のような猛暑になったらほんとうに困ります。国を挙げての節電は当然ながら冷房にも大きな影響を及ぼすでしょう。熱中症防止のためにも暑さ対策を練らねばなりません。

 

日々の思い煩いは果てしなく限りなく押し寄せてきますが、イエス・キリストの慈愛に満ちたおことば『明日のことは思い煩うな。―――労苦は今日一日にて足れり』を聴くとき、ホッと安堵します。イエス・キリストへの思いが広がります。

 

『わがためイエス君』

歌詞・GLADYS W ROBERTSUN)曲・W.G.OVENSUN

(教文館 新聖歌103番、聖歌437番)

わがため イエス君 傷をば 負いたまいぬ

かくて われは癒えたり 罪は我を去りたり

わがため イエス君 十字架に死に給いぬ

かくて われは解けたり 強き罪の罠より

わがため イエス君 み墓に入り給いぬ

かくて われは生きたり 陰府(よみ)の門(かど)も何かは

わがため イエス君 死にうち勝ち給いぬ

かくて われは勝つを得ん 罪に陰府に悪魔に

 


この歌を敬愛するU声楽家のソロで聴いたとき、ずしんと魂の底に打ち込まれた気がしました。以来、U師の歌声を思い出しながら、ひとりで歌うのが私のならいとなりました。

 

 

賛美を愛して 聖霊降臨日によせて

  • 2011.06.12 Sunday
  • 15:07

 

今年のペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝は本日6月12日です。イエス様が復活されて天に帰られてから50日目に当たります。

 

イエス・キリストはあのむごたらしい十字架の苦難を忍び通し、墓の中に葬られ、完全に肉体の死を経験されましたが、神様のご計画の通り、3日目には墓を打ち破って復活されました。そして弟子を初め多くの人の前に現われて復活の事実を知らせ、最後に500人以上の人たちの見ている中で天に昇って行かれました。それもこれもすべては私たちを罪の滅びから救うため、また私たちにも永遠のいのちを与えるためでした。

 

さて、その後、イエス・キリスト(神は)は、地上に、聖霊を下し、今に至るまでその偉大な御力で世界を導き守ってくださっています。聖霊がはじめて下った日をペンテコステと呼んで、以後2000年、キリスト教会はこの大いなる出来事をおぼえて記念日とし感謝の礼拝をささげています。

この日によく歌われる賛美歌をご紹介します。

 

御霊よ 降りて

歌詞・Elwood HStokes 曲・John RSweney 

(日本基督教団出版局 讃美歌499番 または 教文館発行 新聖歌136番)

御霊よ降りて 昔のごとく

奇しき御業を 現わしたまえ  

(折り返し)
 代々にいます 御霊の神よ

 今しもこの身に 満ちさせ給え

御霊よ降りて 恵みの雨に

渇ける心を 潤し給え   (折り返し)

御霊よ降りて 汚れをきよめ

貴き救いに 入らしめ給え (折り返し)

御霊よ降りて か弱きわれを

きよけき力に 富ましめ給え (折り返し)

 

聖霊はキリスト教の奥義である三位一体の神の一位格で、天地創造の神様、人間の姿を取って地上に下られたイエス・キリストと同じに並ぶ神様です。イエス・キリストが天に帰られた今は、聖霊の時代です。クリスチャンは、天の父なる神様、イエス様、あるいは聖霊様と呼びかけますが、対象はひとつ(一人)です。主よ、と呼ぶこともありますが、まったく同じです。聖霊は呼びかける者のすぐそばにおられ、いと近き助け です。また御霊は信ずる者の内に入って住んでくださいます。クリスチャンは一人一人は聖霊の宮でもあります。

御霊なる神様に導かれて、今週も涼やかな緑風の中を歩みたいと願い祈ります。

 

 

 

賛美を愛して みことばをください

  • 2011.06.06 Monday
  • 08:09

梅雨入りが早かったけれど、からりと晴れる日もあって、今のところわりに凌ぎやすい日が続いています。

季節柄、思い出す讃美歌をもう一つご紹介します。

 

『みことばをください』

歌詞・今駒泰成、曲・小山章三(日本基督教団出版局 讃美歌2158番)

み言葉をください

降り注ぐ雨のように

恵みの主よ

飢えと渇きに あえぎくるしみ

やみじさすらう

いのちのために

み言葉をください

吹く風のように強く

救いの主よ

からみつく罪 根こそぎされて

いのちあらたに

芽生えるために

み言葉をください

草におく露のように

いのちの主よ

人と人との こころかよわず

乱れあらそう

世界のために

 

雨が降っていてもいなくても、歌うといいでしょう。

仲間といっしょでも、ひとりでも、ぜひ歌いたものです。

恵みの主、救いの主、いのちの主であるイエス・キリストに急接近できますから。

さんびの中に住まう主とお出会いして、平安に満たされ、

今日一日の旅路を歩いていきたい、そのように願い、祈ります。

 

賛美を愛して『ガリラヤの風かおる丘で』

  • 2011.05.25 Wednesday
  • 15:26

柿 

クリスチャンにとって、聖書と並んで大切にし、愛しているものに賛美歌があります。

もちろん祈りは呼吸のようになくてならぬものですが。

聖書が信仰の本であるとすれば、賛美歌は信仰の歌です。

聖書は神様のことばですから、人を励まし、慰め、希望と愛を与え、

また教え戒めて、信ずる者たちを正しく生かします。

賛美歌もまた歌う者たちを励まし、慰め、楽しませ、喜びを与え、

心に潤いと感動をもって働きかけ、生きる力を与えてくれます。

 

賛美歌は即効性の早い薬のようです。

大きな苦難の最中にあって、聖書を開くこともお祈りする力さえもないとき、

ふと、唇に上るひとつの賛美歌で我にかえることがあります。

 

クリスチャンたちは、人生の旅路の途上で、救命具のように命拾いさせてくれたみことばをいくつも握っています。同時に、折節に巡り会った賛美歌とは愛唱讃美歌と呼んで親友のような関係を持っています。その賛美歌は、葬儀の時に故人の愛唱賛美歌として紹介され、天国への葬送の歌ともなります。

 

賛美歌はメロディーに捕えられるのはもちろんですが、歌詞にも心揺さぶられます。メロディーとともに歌詞が浮かんできます。歌詞を歌うのです。歌詞に自分の思いを託すのです。

 

最近、しきりに歌っている賛美歌があります。

歌詞を味わってください。ご存じの方は歌ってください。

聖書の場面が浮かび、イエス様が生き生きと,
今、私に語ってくださるようです。

初夏の今にピッタリの賛美ではないでしょうか。正に聖書の緑風です。

 

『ガリラヤの風かおる丘で』

歌詞・別府信男、曲・蒔田尚昊
(日本基督教団出版局 讃美歌
2157番) 

ガリラヤの風かおる丘で

ひとびとに話された

恵みのみことばを

わたしにも聞かせてください。


あらしの日波たける湖(うみ)で

弟子たちにさとされた

力のみことばを

わたしにも聞かせてください。

 

ゴルゴタの十字架の上で

つみびとを招かれた

すくいのみことばを

わたしにも聞かせてください。


夕ぐれのエマオへの道で

弟子たちに告げられた

いのちのみことばを

わたしにも聞かせてください。

 

PR

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

selected entries

categories

archives

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM